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一覧はこちらとある保因者の話(8話)

叶人と私は病院を出て、何を話すでもなく駅に向かって歩き出した。
自分が保因者かもしれないことや、結婚する彼にうまく伝えられるかがぐるぐると頭を巡っていた。
突然、叶人が口を開いた。
「お茶でもしていく?」
「え?」
意外な言葉に思わず聞き返してしまった。
「まあ……いいけど。」
そう言って、駅の近くにあるカフェに入った。
向かい合って座ってから、ふと思う。
あれ?
叶人と二人でお茶するのって、もしかして初めてじゃない?
小さい頃は毎日のように一緒にいた。
喧嘩もした。
私が突き飛ばして、足を腫らせてしまったこともあった。
でも大きくなるにつれて、それぞれの生活ができて、二人だけでどこかへ出かけることなんてほとんどなくなった。
仲が悪いわけじゃない。でもなんだか変な感じだった。
私はアイスコーヒーのストローをくるくる回す。
叶人はスマホを見る。
…………。
血友病の話は出ない。
…………。
彼の話も出ない。
…………。
なんだ、この時間。
私はとりあえずアイスコーヒーを飲んだ。
ズズズズズーーー。
ストローがカップの底に残ったコーヒーを吸い上げる音が、妙に大きく響いた。
思わず二人で笑った。
すると叶人が、何でもないことのように聞いた。
「で、どうだった?」
私は少し考えた。
今日病院へ来るまでは、何を聞けばいいのかさえ、よくわかっていなかった。
でも今は違う。
「来てよかったと思った。」
「ふーん。」
「自分が何を不安に思ってるのかとか、どうしたいのかとか、なんとなくわかった。」
叶人は一度だけうなずいた。
「なら、よかった。」
それだけだった。
もっと何か言うのかと思ったけれど、本当にそれだけ。
でも、不思議とその一言が心地よかった。
その後は血友病の話なんて一切しなかった。
仕事の話。
最近やっているゲームの話。
彼の話。
くだらない話で笑っているうちに、気づけば一時間くらい経っていた。
「そろそろ帰る?」
叶人が席を立つ。
私もバッグを持って立ち上がった。
店を出る直前、私は小さな声で言った。
「……ありがとね。」
叶人に聞こえたかどうかはわからない。
でも、それでよかった。
家に帰ると、母が「どうだった?」と聞いてきた。
「うん。思い切って行ってよかった。」
私はバッグから病院でもらった冊子を取り出した。
「叶人にも助けられた気がする。」
口には出さなかったけれど、私はずっと弟のことを、どこか頼りなく思っていたのかもしれない。
小さい頃から母に守られていた弟。
注射が嫌でギャーギャー騒いでいた弟。
私が気をつけてあげなきゃいけないと思っていた弟。
でも、いつの間にか違っていた。
一人で病院へ通って、自分で病気と付き合って。
私のことを主治医の先生にも話してくれていた。
私が知らなかっただけで、叶人なりに私のことを考えてくれていたのかもしれない。
『なんだ、ちゃんと大人になってるじゃん。』
部屋に戻り、机の上に病院でもらった冊子を広げた。
よし、彼に話そう。
先生も、必要なら説明を手伝ってくれると言ってくれた。
だったら、まずは自分で何を伝えたいのか整理してみよう。
私はノートを開いて、箇条書きにしてみることにした。
まず、血友病がどんな病気なのか。
これは病院でもらった冊子を見せながら説明すればいい。
次に、遺伝について。
それから……私自身のこと。
「推定保因者……? 確定保因者……?」
ペンが止まる。
うーん。
やっぱりここは自分で説明すると、ややこしくなりそうだ。
「先生にお願いしよう。」
そう書いて丸で囲んだ。
それから現在の血友病の治療についても、彼には知ってほしい。
私が子どもの頃に見ていた血友病と、今の治療は同じではないはずだ。
あ。叶人本人から話してもらうのもいいかもしれない。
実際に血友病と一緒に生活している本人だし、彼は叶人と仲も良い。
お父さんにも聞いてみようか。
血友病の子どもを育てるって、実際どうだった?
母からは聞いたけれど、父はどう感じていたんだろう。
気づけば、ノートにはどんどん文字が増えていた。
そこで、ふと我に返った。
……ちょっと待って。
まだ結婚したわけじゃない。
というか、これから両親に挨拶に来る段階だ。
子どもを持つかどうかだってわからない。
仮に子どもを持ったとして、その子が血友病になると決まったわけでもない。
私、先走りすぎじゃない?
自分で書いたノートを見て、ちょっと笑ってしまった。
でも、やっぱり彼がどう思うのかは怖かった。
「そんなこと気にしないよ。」
そう言ってくれるのかもしれない。
でも、そうじゃないかもしれない。
私にはわからない。
彼の気持ちは、彼にしかわからない。
だったら、一人でいくら考えていても答えなんて出ないんだ。
不安を抱えたまま、何も言わずにいる方が私は嫌だ。
わからなかったら先生に聞けばいい。
うまく説明できなかったら、彼と一緒に病院へ行けばいい。
叶人にも頼ればいい。母にも父にも相談すればいい。
一人で全部やらなくていいんだ。
そう思ったら、少しだけ気持ちが軽くなった。
今日は、その第一歩を踏み出せた。
大丈夫、私。
私は自分にそう言い聞かせながら、ベッドに倒れ込んだ。
両手両足を思いきり広げて、大の字になる。
天井を見つめる。
…………。
やっぱり、ちょっと怖い。
いや、かなり怖いかも。
彼に話す日が、少しずつ近づいていた。