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一覧はこちらとある保因者の話(5話)
翌日の夜、私は母の部屋を訪ねた。
「昨日の話なんだけど……」
そう切り出すと、母は「座って」と静かに椅子を勧めてくれた。
私は彼との結婚の話が進んでいること。
挨拶の日程を決めようとしていること。
でも、血友病や遺伝のことをどう話せばいいのかわからないことを、思いつくままに話した。
母は途中で口を挟むことなく、最後まで黙って聞いていた。
「お母さんだったら、どうする?」
私がそう聞くと、母は少し考えてから話し始めた。
「うーん……まずは血友病のことや遺伝のことを、ちゃんと知ってもらうことかな。」
「先生も言っていたけど、あなたが保因者かどうかは、この時点ではまだわからないの。可能性は二分の一。」
そこまでは、高校生の時に聞いた話と同じだった。
でも、そのあと母が話したことは、初めて聞くことだった。
「私ね、親戚を見渡しても血友病の人なんて一人もいなかったの。」
母は少し笑いながら続けた。
「だから、自分が保因者かもしれないなんて考えたこともなかった。」
私は黙って聞いていた。
「叶人(私の弟)が血友病だとわかった時は、本当にパニックだった。」
その言葉には重みがあった。
私は幼かったから覚えていない。
でも、母はきっと何日も眠れなかったのだろう。
何度も泣いたのかもしれない。
「これからどうなるんだろう。」
「この子は普通に育てられるんだろうか。」
「私のせいなんじゃないか。」
そんなことを、何度も何度も考えたのだと思う。
母は少し遠くを見るような目をしていた。
「もちろん、大変なことはたくさんあったよ。」
通院。
自己注射。
学校との相談。
運動の制限。
心配したことなんて数え切れない。
でもね、と母は笑った。
「私は叶人を産んで、本当に良かったと思ってる。」
その言葉に、私は思わず母の顔を見た。
「あなたが生まれてきてくれた時と同じようにね。」
「叶人も私のところに生まれてきてくれて、本当にありがとうって思ってる。」
その一言に、私は何も返せなかった。
血友病。
遺伝。
保因者。
私の頭の中では、それらはずっと”不安”や”怖さ”と結びついていた。
でも母は違った。
もちろん苦労はあった。
それでも、その全部をひっくるめて「生まれてきてくれてありがとう」と言える人だった。
その強さに、私は圧倒された。
同時に、少しだけ肩の力が抜けた気がした。
しばらく沈黙が続いたあと、母が言った。
「でもね。」
「彼には、ちゃんと話した方がいいと思う。」
私は静かにうなずいた。
逃げたまま結婚することはできない。
私もそう思っていた。
「ただ、あなた一人で説明するのは難しいよね。」
その通りだった。
私自身がちゃんと理解できているとは言えない。
間違った伝え方をして、彼を必要以上に不安にさせるのも違う気がした。
「一度、先生に話を聞きに行こうか。」
母の一言で、私の中に少し光が差した。
そうだ。
一人で悩むより、ちゃんと知っている人に聞けばいい。
弟が通っている病院の先生なら、一番よくわかっている。
でも、どうやって会えばいいんだろう。
叶人は高校生になってから、一人で通院している。
今さら姉がついて行くなんて、ちょっと変な気もする。
でも、それ以外に方法は思いつかなかった。
翌日、私は叶人に電話をした。
事情を説明すると、叶人はあっさり言った。
「いいよ。」
拍子抜けするくらい軽い返事だった。
「先生も前に言ってたよ。」
「お姉さんがいるなら、一度ちゃんと血友病のことを話しておいた方がいいって。」
……え?
思わず言葉を失った。
そんなこと、今まで一度も聞いてない。
心の中で「それ、もっと早く教えてよ」とツッコミを入れながらも、少し笑ってしまった。
私は叶人の通院日を確認し、その日は仕事を休むことにした。
そして彼には、
「両親の予定が少し変わってしまって、挨拶は来月でもいいかな?」
と伝えた。
『もちろん。大丈夫だよ。』
返ってきたメッセージは、それだけだった。
その優しさが、今の私には少しだけ救いだった。
次はいよいよ、先生と向き合う日。
高校生の時には何も理解できなかったあの診察室で、今度は自分の意思で話を聞こうとしていた。