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一覧はこちらとある保因者の話(7話)
先生は、少し考えてから口を開いた。
「まず、お母さんについて整理してみようか。」
私は先生の顔を見る。
「お母さんは、わかっている範囲では家系に血友病患者さんがいない。でも、血友病をもつ叶人君を出産している。だから、保因者の可能性があるかもしれないね。」
やっぱりそうなんだ。
「ただね。」
先生は続けた。
「家系のことをずっと過去まで遡って確認するのは難しいんだよね。もしかしたら昔、血友病の方がいた可能性もある。昔は今のように血友病と診断されていなかったこともあるからね。」
なるほど、親戚に血友病の人はいない。
だから遺伝とは関係ないという簡単な話でもないらしい。
「それで、もしお姉さんが自分が保因者かどうかをきちんと知りたいということなら、遺伝子検査という方法もある。」
遺伝子検査。
また新しい言葉が出てきた。
「叶人君の協力も必要になるけどね。」
先生は弟の方を見ながらそう言った。
その瞬間だった。
――私、検査したいのかな?
急にそんな疑問が浮かんだ。
もちろん、遺伝のことはちゃんと知りたい。
高校生の頃からずっと頭の片隅にあった「二分の一」の意味も、ようやく少しずつ理解できてきた。
でも、、、私は、自分が保因者なのかどうかを知るために、今日ここへ来たんだっけ?
いや、きっとそうじゃない。
そもそもは、彼に血友病のことをどう話せばいいのかわからなかったからだ。
弟に血友病があること。
血友病が遺伝に関係する病気であること。
そして私自身も、その遺伝と無関係とは言い切れないこと。
それを彼にちゃんと伝えたい。
それだけだったはずだ。
弟は血友病だから、通院している。
自己注射もしている。
子どもの頃から母はいろいろ心配していたし、本人にしかわからない大変なこともきっとたくさんあったと思う。
でも、弟は弟だ。
学校へ行って、友達をつくって、軽音部で音楽をやって。
今では仕事をして、ゲームをして、笑っている。
私より彼と楽しそうにゲームをしていることだってある。
もし私が保因者だったら。
もし将来、私に子どもが生まれて、その子が血友病だったら。
もちろん、何も心配しないなんて言えない。大変なことだってあると思う。
でも――。
だから何?
ふと、そんな気持ちになった。
母が言っていた言葉を思い出した。
「叶人を産んで、本当に良かったと思ってる。」
「私のところに生まれてきてくれて、ありがとうって思ってる。」
そうだ、私は、自分が保因者かどうかを今すぐ白黒つけたいわけじゃない。
彼に話したいんだ。
ちゃんと知った上で、私のことを知ってほしいんだ。
頭の中ではいろいろな考えが駆け巡っていた。
たぶん時間にすれば、ほんの数秒だったと思う。
私は先生の顔を見た。
「先生。」
自分でも驚くくらい、声はしっかり出た。
「私、検査とかは今はいいです。」
先生は何も言わず、私の続きを待ってくれた。
「彼に正しいことを話したいんです。」
一度言葉を切った。
「それで彼がどう思うのかは……正直、怖いですけど。」
言ってしまった、怖い。
やっぱり、それが本音だった。
彼は何と言うだろう。驚くかもしれない。
将来の子どものことを心配するかもしれない。
もしかしたら――。
そこから先は考えたくなかった。
先生はゆっくりうなずいた。
「そうなんだね。」
そして、机の上の冊子を私の方へ寄せた。
「じゃあ、まずは今日説明したことを持ち帰って、もう一度ゆっくり読んでみて。」
「はい。」
「今日の説明でわからなかったことはないかな?」
私は資料を見ながら、少し考えた。
今のところは大丈夫そうだった。
「家に帰ってから、『あれってどういう意味だったんだろう』とか、『もっとここを聞いておけばよかった』と思うこともあるから。その時は連絡して。」
先生はそこで少し笑った。
「それとね。」
「もし彼に自分でうまく説明できそうにないと思ったら、彼と一緒に来てよ。」
「え?」
「私から説明するから。」
その言葉を聞いて、胸の奥にあった何かが少し軽くなった。
一人で全部説明しなくてもいいんだ。
間違えずに完璧に話さなきゃいけないと思っていた。
でも、困ったら先生に頼っていい、そう思えただけで、ずいぶん違った。
高校生の頃から、ずっと引っかかっていた。
「二分の一って、どう考えればいいの?」
少し前までは、そればかり考えていた。
そして結婚の話が出てからは、「彼に話したらどうなるんだろう。」
そればかりが怖かった。
でも今は、少しだけ違う。
彼に話してどうなるかは、わからない。
それはやっぱり怖い。
でも――。
話さないまま結婚する方が、私は嫌なんだ。
そのことに、ようやく気づいた。
今日は一度家に帰って、先生にもらった資料を読もう。
今日聞いたことも、もう一度自分なりに整理してみよう。
わからなくなったら、また先生に聞けばいい。先生も協力してくれると言ってくれた。
大丈夫。
少なくとも、もう一人で考える必要はない。
そう思って、弟が座っているはずの後ろを見る。
「……あれ?」
弟がいない。
いつから?
先生を見ると、少し笑って診察室の外を指さした。
ドアを開ける。
弟は廊下の椅子に座って、スマホをいじっていた。
「え、いつから外にいたの?」
私が聞くと、弟は画面から目を離さずに答えた。
「途中から。」
「なんで?」
「だって、姉ちゃん大丈夫そうだったから。」
そう言って、ようやく私の方を見た。
「終わった?」
「……終わった。」
弟にとっては、血友病は生まれてからずっと付き合ってきたのだ。
そしてそれはごく当たり前のことであり、叶人の日常に他ならない。
「うん、大丈夫。なんてことないや。」
そう思えた瞬間、なんだか拍子抜けして、笑ってしまった。