血友病とは?
一覧はこちら血友病患者と保因者の口腔ケアが変わる!「全自動歯ブラシ」の驚くべき効果とは?
血友病患者と血友病保因者を支援するはばたき福祉事業団です。
今回は、今まさに口腔ケア業界で注目を集めている次世代型「全自動歯ブラシ」を開発した株式会社Genicsの代表である栄田源さんにお話を伺いました。
誰にとっても身近な口腔ケアですが、特に血友病患者や出血傾向の強い血友病保因者にとっては歯磨きの動作や力加減などで課題が多く、適切な口腔ケアが実現できていないという現実があります。しかし、「全自動歯ブラシ」を利用することによって血友病患者や血友病保因者の歯磨きの物理的な負担が軽減され、口腔ケアを取り巻く状況が大きく前進するのではないでしょうか。
ロボット工学を専門とする大学発のスタートアップである株式会社Genicsが、なぜ誰もが毎日当たり前のように行う歯磨きという行為に着目したのか。どのようにして製品化していったのか。そして、はばたきとの協働についてどのような可能性を感じているのか。
栄田さんの開発にかける想いや会社としての今後のビジョンなど盛りだくさんな内容になっています。ぜひ最後までお読みください!
―全自動歯ブラシは、全く新しい口腔ケアのあり方を実現する画期的なプロダクトですが、開発のきっかけや経緯を教えてください
全自動歯ブラシを開発した株式会社Genicsは早稲田大学発のスタートアップですが研究室のテーマとしてはロボット工学なので、最初から私の研究テーマが医療や福祉に絞られていたわけではありませんでした。研究室としては、人間とロボットの共存あるいは人間生活へのロボット技術の活用などをテーマにしているので、例えば災害支援用ロボットであったり農業用ロボットであったりと幅広い研究を行なっていました。そして、それら数ある研究分野の一つとして医療や福祉への活用があり、自分自身の研究を進める中で私の関心が徐々にそこに絞られていきました。
ロボット技術を医療や福祉へ活用するといっても、最初からターゲットを障がい者や高齢者など特定の人たちに限定していたわけではなく、最初は全ての人に受け入れられ誰にとっても何らかのメリットのあるような製品を作ることを目指していました。そこで、全ての人に受け入れられるようなものとはなんだろうと考えたとき、誰もが日常生活で行っている「歯磨き」が思い当たりました。
歯磨きは誰もが毎日行うことだけれど、実は面倒くさいと感じている人が少なからずいます。しかも、毎日磨いているつもりでも正しく磨けていないことがあり、それがやがて虫歯や歯周病の原因となって私たちの健康を損ないます。そこで、誰もが毎日当たり前に行う歯磨きにロボット技術が介入することで、歯磨きの持つ面倒くささと不十分さの問題を解消できるのではないかと思いました。
―幅広い研究テーマの中から口腔ケア(歯磨き)に絞られていったのですね。そこからどのようにして全自動歯ブラシを着想し、開発に至ったのでしょうか。
歯磨きという行為を突き詰めていくと、実は誰もが当たり前に毎日やっていることではなく、そもそも歯磨きすらできない人たちがいることを知るようになりました。現に高齢者や重度の障がい者、ALSや筋ジストロフィーなどの難病の疾患者、そしてはばたき様が支援を続けている血友病患者の中でも特に関節障がいがある方などは、第三者による介助がないと歯磨きができません。これは健常者が抱える“面倒くさい”“ちゃんと磨けてない”という問題よりも切実ですよね。
私は、このように毎日やらなくてはいけない歯磨きという行為に不平等があることに違和感を感じ、ここにロボット工学が介入して“歯磨き格差”をなくしてしまおうと思ったのです。しかしアイディアを形にして、製品として流通させることは簡単ではありません。歯磨き格差をなくすために歯磨きロボットを作ろうとなったのはスタートに過ぎず、そこから長い開発期間に突入しました。
私の研究室はラボのようなところで開発のための設備や環境は整っており、研究室のメンバーも技術的な専門知識は豊富に持っているのですが、医療系の製品となるとどうしても外部の協力が必要となります。そこで医師や歯科医師、患者さんからヒアリングをしたり、論文を調べたりしながら、歯磨きロボットとしての過不足ない仕様を考えていきました。
試作品を作り、実際に自分たちが使ってみて問題点をあぶり出し、何回も改良を重ね、そしてようやく人に使ってもらえるようなものになったところで今度は外部の人に試作してもらい、さらに改良を重ね……そしてようやく製品化に至ったのです。まだ一般の方が購入できるような状態にはなっていませんが、すでに一部の難病や上肢障害の患者などにはご使用いただいています。長い年月をかけてようやく世に出た製品ですので、これからどんどん導入先を広げていきたいですね。
―実際にお使いになっている方の感想はどのようなものですか?
全自動歯ブラシを初めて見た人は、少しびっくりするかもしれません。本体から何本もの歯ブラシが枝のように伸びていて、口の中に入れることに抵抗を感じてしまう人もいるでしょう。しかし、実際には私たちが手で歯磨きをするよりもずっと柔らかい使い心地で、一度使ったらほとんどの人がその後も継続利用しています。構造としては、歯ブラシ部分が車のダンパーみたいになっているので、衝撃を吸収して歯と歯の凸凹にも対応し、一定の力で優しく磨いてくれます。さらに、歯磨き以外にも歯茎のマッサージや舌の掃除をしてくれるアタッチメントもあるので、歯磨きだけではなく口腔内のトータルケアができるようになっています。
使い方としては口腔内に装着してスイッチを入れるだけなので、これまで歯磨きの際に介助を受けていた人が自分でも口腔ケアをできるようになります。このことは、介助をする側の負担が軽減されるだけではなく、「本当は歯磨きぐらい自分でやりたい」と考える介助を受ける側にとっても喜ばしいことのようです。全自動歯ブラシは口腔ケアの物理的なハードルを下げるだけではなく、精神的なハードルも下げているのではないでしょうか。
―全自動歯ブラシは、要介護者や障がい者の口腔ケアを根本から変えるような非常に意味のある製品と言えますね。今後はばたきとの協働によって、血友病患者や保因者が全自動歯ブラシを利用していくことについてどのような可能性を感じていますか?
今回はばたき様から協働のご提案を受けたことは、私たちにとっても本当に意味のあることです。
はばたき様が抱えている課題としては、血友病患者と保因者の口腔ケアが適切になされていないというものでした。血友病患者の方や保因者の中でも特に出血傾向の強い方は、歯茎からの出血を懸念して歯磨きに対して積極的になれないことや、血友病患者で関節障がいを持っている方などは、思うように手を動かすことができないので、適切な歯磨きどころか歯磨きそのものに対して積極性を持てないということを知りました。私たちの目指すところは、健常者であろうと障がい者であろうと誰もがストレスなく日々の口腔ケアができる状況を実現することなので、このようなはばたき様の課題に対して私たちの製品がお役に立てるのであればこんなに嬉しいことはありません。ぜひ、私たちとしても血友病患者や保因者の方への活用を様々な形でサポートしていきたいと思っています。
また、出血傾向が強い方にとっては、歯ブラシの強さについても十分に考慮する必要があります。強すぎると出血してしまいますが、逆に弱すぎても歯磨きとしての効果を発揮しません。歯磨きには適切な強さがあると思うのですが、ちょうどいい強さというのも個人差があると思うので、今後は医師や歯科医の指導のもと、血友病患者や保因者が全自動歯ブラシを利用する際の適切な強さを研究していきたいと思っています。
―株式会社Genicsとしての今後のビジョンをお聞かせください。
今の時代歯磨きというと、手動歯ブラシか電動歯ブラシのどちらかですよね。そこにフロスや歯間ブラシなどが追加される場合もありますが、大きくは二択だと思います。私たちが目指しているのは、この二択という少ない選択肢の中に全自動歯ブラシが加わり、第三のオプション(選択肢)として世の中に浸透していくことです。
例えばスマートフォンは登場から10年もしないうちに携帯電話の主流になりましたよね。今でも固定電話やガラケーはありますが、スマートフォンの利用率は圧倒的です。これと同じように、第三のオプションと言いつつも、全自動歯ブラシロボットが当たり前に各家庭に一台あるような状況を目指しています。
たかが歯磨きと考える人もいますが、口腔ケアが適切に行われていないことによって虫歯や歯周病になり、さらには脳梗塞や心筋梗塞、誤嚥性肺炎などの病気のリスクが増えるというデータもあります。口腔ケアは私たちが健康を維持する上で重要な役割を果たしているので、全ての人に口腔ケアの重要性を知ってもらい、今以上に自分自身の健康に関心を持って誰もが健康で長生きできる土壌をつくっていきたいです。