血友病とは?
一覧はこちら血友病患者の抜歯で気をつけるべきことは?
血友病患者にとって口腔出血は深刻な問題です。抜歯による出血のような特別なケースに限らず、毎日の歯磨きでも力加減によっては歯茎から出血して止まらなくなることもあります。さらに、歯磨きへの抵抗から歯磨きが疎かになり、やがてむし歯になってしまうという悪循環も生まれています。
しっかり歯磨きはしたいけれど、出血が怖い。かといってむし歯になって抜歯することになってしまったら、その時の出血も心配……。このようなお悩みを抱えていらっしゃる方は多いことでしょう。そこで今回は、血友病患者の口腔出血とその対策について、歯科医師として数多くの血友病患者の治療にあたってきた池田正一先生にお話を伺いました。
※一部歯科医向けの内容が含まれています。
池田正一先生プロフィール
1939年9月21日生(82歳) 横浜生まれ
日本障害者歯科学会認定医・指導医 日本障害者歯科学会名誉会員
2005年4月~現在 東京歯科大学臨床教授
2005年4月~現在 医療法人鉄焦会亀田総合病院・歯科センター顧問
2007年4月~現在 神奈川歯科大学客員教授
血友病患者の口腔出血
血友病患者の特徴として出血が止まりにくいことがありますが、その中でも特に口腔内は出血傾向が顕著だとされています。理由としては、口腔内が常に唾液で洗われるので血餅(血液が凝固したもの。止血の役割を果たす)ができにくいこと、食事や会話などで口腔環境が安静を保てないこと、抜歯などによる開放創は縫合できないので出血が続いてしまうことなどが挙げられます。
口腔出血とひとえにいっても出血箇所は様々ですが、舌下部からの出血には特に気を付ける必要があります。なぜなら血液が喉に詰まる恐れがあるからです。また、口腔出血は日常生活でも十分に起こり得ることで、例えばフォークで舌を傷つけてしまったり、誤って頬粘膜を噛んでしまったりすることもあります。傷が深く縫合が必要な場合、血の塊を取ってから縫う必要があります。
子どもの口腔出血については、1~2歳は転んだりした際の上唇からの出血や歯茎からの出血が多い傾向にあります。中には、抜歯による出血過多で初めて自分が血友病だったと知るお子さんもいるほどです。腕や足の擦り傷程度では出血傾向の違いがわかりにくいですが、口腔出血は症状が顕著にあらわれるので、その時に初めて血友病だと知ることは、実は珍しいことではないのです。
血友病の抜歯への対応
血友病患者が抜歯をする際には、気をつけるべきポイントがいくつかあります。
少し専門的な話になりますが、以下の3点を意識して抜歯することが重要です。
1、補充療法の量と持続時間
術前1時間に欠乏因子レベル50~60%を目標に血液製剤を輸注する。術後3日間は常に7~10%以上を維持する。
2、抗線溶剤(トラネキサム酸)の使用
術前投与が有効。24時間前から30mg/kgを服用開始。術後7日間。
3、十分な局所療法
抜歯窩にサージカルパックなど填入し、填入剤が脱落しないようにしっかり縫合する。
2の抗線溶剤(トラネキサム酸)に関しては、軽度の出血には効果があるとされており、シロップ剤を口に含んですすぐと血栓形成を促進するとされています。また、軽症、中等症の患者に対しての非観血的処置(局所麻酔、歯肉縁上歯石除去など)では、抗線溶剤(トラネクサム酸)の投与のみで行うことが出来るとされています。
他に、抗線溶剤(トラネクサム酸)を抜歯前から投与することで抜歯後の出血が早く止まりやすくなり血液凝固因子の補充本数も少なくて済むことや、歯肉の包帯といわれるサージカルパックをすることで出血量を押さえることができるなど、様々な方法で出血を軽減することが可能です。
抜歯と補充療法
血友病患者の抜歯の際には、血液製剤を輸注する補充療法が一般的です。前項では、製剤投与により抜歯前後の因子レベルを何%に保つべきかを記載しましたが、ここではさらに詳しくみていきます。
・埋伏歯の抜歯では、補充療法は術前1時間に60%以上、その夜30%、翌日朝30%、翌々日朝30%に保つ。
・下歯槽神経伝達麻酔、深部外科的処置(埋伏歯の抜歯やインプラントのように骨を切削する場合)などは、凝固因子レベルを適切(50~60%以上)に上昇させてから行う。
・下歯槽神経伝達麻酔で出血が続き、気道閉鎖から死に至った症例報告があり、十分に注意を要する。
・抜歯後に抗線溶剤(トラネクサム酸)シロップを口に含んですすぐことは、止血を図る上で、安全かつ安価な方法である。
このように、一言で抜歯といっても様々なので、それぞれの症状に合わせた適切な処置を行うことが重要になります。
血友病患者はむし歯になりやすいか?
血友病患者はいくつかの理由からむし歯になりやすいといわれています。
まず、歯磨き時のブラッシングによる歯茎からの出血を恐れるあまり、十分に歯ブラシを使わないため口腔清掃が行き届かないことがあるからです。さらに、むし歯の自覚症状があっても治療による出血を懸念して歯科医にかかろうとしないこともあげられます。しかし、むし歯をそのままにしておくと症状が進行し、場合によっては抜歯になることもあるので、ブラッシングの出血どころか抜歯による出血を余儀無くされてしまいます。
また、血友病に対する十分な知識がない歯科医が、血友病患者への治療を敬遠することもあります。「うちでは診ることができない」と断られ、受診のタイミングを逃し、やがて受診を諦めるというケースも残念ながらあるそうです。血友病患者のむし歯傾向は、患者と歯科医の双方の意識改革が必要なのかもしれません。
歯磨きを嫌がる子どもへの対応
血友病であるかどうかは関係なく、そもそも子どもは口に対して非常に敏感なので、唇を触られることを嫌います。お母様やお父様がお子様の歯磨きをする際には、いきなり歯ブラシを口の中に入れるのではなく、まずは優しく顔や頰を触り、十分にスキンシップをとってから徐々に歯ブラシを口に持っていくと極端に嫌がることがなくなると思います。歯磨き剤はフルーツ味などの子ども専用のものであれば抵抗がないでしょう。その際は、むし歯予防になるフッ素入りの歯磨き剤をおすすめします。また、電動歯ブラシやフロスの併用もむし歯予防に効果的なので、積極的に取り入れるとよいでしょう。
歯磨きは口腔環境を守るためにも大切なことですが、むし歯を予防するためにはバランスの取れた食生活と定期的な検診が欠かせません。甘いものは控え目に、和食を中心とした規則正しい食生活を心がけることや、3〜6ヶ月ごとに歯科医に行って定期検診を受けるなど、日々の生活の中でもできることはたくさんあります。
血友病患者にとって抜歯などによる出血対策は重要ですが、口腔出血という意味では出血を伴う歯周疾患を予防することも重要なことです。日々の口腔ケアを怠らず、健康で規則正しい生活を心がけましょう。
最後に、血友病の口腔ケアプログラムについて
まとめとして、これまでの治療の経験を基にして考えられた血友病の口腔ケアプログラムをご紹介します。
・血友病と診断された時点で、包括医療の一環として歯科受診を勧める。
・患児や家族に対する予防的口腔管理についての教育は、乳歯が生え始めるころ(生後6~7ヶ月)に開始する。
・上顎前歯が萌出したら、歯磨きを開始する。
・歯磨剤はフッ素の入っているものを使う。
・本人が嫌がらなければ電動歯ブラシを勧める。18歳以下ではブラウンのOral-Bを、成人はフィリップスのソニケアを勧める。
・デンタルフロス(糸楊枝)は有効である。
・甘いものの制限、バランスの取れた、規則正しい食事
・定期健診は3~6ヶ月ごとに行う。
・12~13歳頃に、総合的な口腔形態、機能の評価をおこなう。歯列、咀嚼機能、顎関節、智歯の存在などから、将来計画を立てる。
・血友病患者にとって、歯周疾患の予防のために、良好な口腔衛生を保つことが最も重要である。