研究のご紹介
一覧はこちら【血友病の研究紹介】自治医科大学医学部生化学講座病態生化学部門 自治医科大学遺伝子治療研究センター 大森 司 教授
研究者としての経歴
ー大森教授の研究者としての経歴を教えてください。
私はもともと内科医としてのバックグラウンドを有しています。1994年に自治医科大学を卒業後、約10年間にわたり臨床医として研鑽を積みました。その後、今からおよそ20年前に自治医科大学に赴任し、血友病の研究および臨床に継続して携わっています。現在は、日本医療研究開発機構(AMED)エイズ対策実用化研究事業の班長として、薬害HIV患者さんならびに血友病患者さんに関わる研究活動を推進しています。
血友病の臨床や研究に携わるようになったきっかけ
ーどのようなきっかけで血友病の臨床他研究に携わるようになったのですか?
私が血友病の臨床や研究に携わるようになったきっかけは、卒業後3年目から血栓止血学の研究を開始したことになります。
一般病院や診療所での勤務を続けながら、山梨大学(当時の山梨医科大学)において、血栓形成の初期段階で重要な役割を担う血小板の研究を開始しました。その後、自治医科大学に移り、血友病の研究および臨床に本格的に取り組むようになりました。自治医科大学で血友病診療に深く関わる中で、血友病患者さんが幼少期から繰り返し注射による治療を受け続けているという現実を、臨床の現場で強く実感しました。自治医科大学で進めてきた遺伝子治療に関する研究は、「目の前の患者さんが抱える困難を、研究によって解決したい」という臨床医としての私自身のポリシーと極めて親和性が高く、この考えを軸に、現在に至るまで臨床と研究を一体として継続してきています。
血友病治療の歴史
ー血友病治療の歴史について簡単に教えてください。
血友病とは、血液を固めるために必要な「凝固因子」が不足することによって出血が止まりにくくなる疾患です。血友病Aでは第VIII(8)因子、血友病Bでは第IX(9)因子という凝固因子が先天的に欠乏します。
治療としては、かつては輸血、すなわち他人の血液を血友病患者さんの体内に投与する方法が行われていました。しかし、輸血によって凝固因子を補うことは非常に非効率でした。人の体内には約5リットルの血液が循環していますが、血中の凝固因子活性を50%程度まで上昇させるためには、その半分にあたる約2.5リットルもの血液を入れ替える必要があったのです。
そこで約50年前、血液中から凝固因子のみを抽出・濃縮して投与する「濃縮凝固因子製剤」が血友病治療として登場しました。この治療法により、血友病患者さんの止血管理は飛躍的に改善しました。しかし一方で、当時は多数の方からの血液を原料として製剤が作られていたため、C型肝炎ウイルス(HCV)やHIVなどの感染症を有する血液が混入することがあり、その結果、薬害HIV問題や薬害肝炎問題といった深刻な社会的問題を引き起こしました。
現在では、凝固因子製剤は主に細胞から遺伝子を利用した技術によって作られているものがほとんどで、血液由来の凝固因子製剤もウイルス陰性の血液からつくられ、さらにウイルスの不活化処理もされており、感染症のリスクは極めて低くなっています。しかし、依然として患者さんの負担となる課題が残っていました。それは、凝固因子が体内で長時間持続しないという点です。第VIII因子は血中で約8~12時間、第IX因子は約12~24時間で半分になってしまいます。そのため、重症の血友病患者さんでは、出血を予防する目的で週に何度も注射による治療を行う必要がありました。
近年では、凝固因子が体内により長くとどまるよう工夫された効果が持続する製剤が開発され、血友病Aでは週1~2回、血友病Bでは数週に1回の投与で治療が可能となっています。さらに最近では、凝固因子そのものを補充するのではなく、別の仕組みで血液凝固を助ける画期的な治療薬も登場しています。
血友病Aに対しては、二重特異性抗体と呼ばれる抗体医薬で第VIII因子の働きを代替するエミシズマブ(ヘムライブラ)が開発されました。また、血友病AおよびBの両方に対して、抗TFPI抗体と呼ばれる新しい治療薬も登場しています。これらは静脈投与で血管にいれる必要がなく、皮下注射で投与可能であり、特に凝固因子製剤に対する中和抗体(インヒビター)を有する患者さんにとって、極めて画期的な治療選択肢として現在広く用いられるようになっています。
自治医科大学での血友病に対する研究
ー自治医科大学ではどのような血友病に対する研究を行っていますか?
私ども自治医科大学では、20年以上前から血友病に対する遺伝子治療の研究に取り組んできました。具体的には、1回の治療によって体内で凝固因子を長期間維持し、繰り返し凝固因子製剤を投与する必要がなくなることを目指した治療法の開発を進めています。
このような研究が自治医科大学で始まった背景には、過去の薬害問題が深く関係しています。薬害の原因となったのは、まさに血液凝固因子そのものでした。薬害被害に遭われた患者さん、特にはばたき福祉事業団の故 大平前理事長から、「血友病に対して凝固因子製剤に頼らず、根本的な治癒を目指す治療を実現してほしい」という強い要望が自治医科大学に寄せられました。丁度、自治医科大学で現在の遺伝子治療の基礎となる研究を開始した時期でした。
このような声を受け、私達は、国からの公的な研究費を活用しながら、血友病患者さんの治癒を目指す治療として、遺伝子治療の研究が本格的に開始しました。私はこの遺伝子治療研究の立ち上げ当初から関わっており、現在は共同研究グループの代表として3期目を迎え、これまでに約8年が経過しています。
以下では、血友病に対する遺伝子治療の概要について、簡単にご説明したいと思います。
遺伝子治療について
血友病については、第VIII因子や第IX因子の遺伝子、すなわち体の設計図にあたる遺伝子に異常があり、その結果として凝固因子が十分に作られなくなる病気であると理解されていると思います。しかし、遺伝子治療は、傷ついた遺伝子そのものを直接修復する治療ではありません。基本的には、正常に機能する遺伝子を体内の細胞に新たに届けることで、失われた機能を補う治療法です。
血友病の場合、凝固因子は主に肝臓で産生されます。そのため、遺伝子治療では肝臓の細胞に正常な凝固因子の遺伝子を届け、この外から導入した遺伝子によって凝固因子を作らせます。
では、どのようにして遺伝子を肝臓の細胞に届けるのでしょうか?遺伝子をそのまま体内に投与しても、目的とする細胞の中に入ることはできません。そこで用いられるのが「ベクター」と呼ばれる遺伝子の運び屋です。現在、血友病の遺伝子治療では、アデノ随伴ウイルス(AAV)というウイルス由来のベクターが広く利用されています。
「ウイルス」と聞くと不安を感じる方もおられるかもしれませんが、AAVは病原性を持たないウイルスで、その殻のみを利用します。その殻の中に血友病患者さんでは十分に働いていない第VIII因子あるいは第IX因子の遺伝子を組み込み、患者さんに投与します。このAAVベクターが肝臓の細胞に入り込み、遺伝子を細胞内に届けることで、肝臓で機能的な凝固因子が産生されるようになります。
この方法により作られた凝固因子の産生は長期間持続することが特徴です。すでに欧米では、AAVベクターを用いた血友病の遺伝子治療薬が実際に承認・販売されています。臨床試験の結果からは、血友病Bでは治療効果が少なくとも10年程度持続すると考えられています。一方、血友病Aでは治療効果が1~2年かけて徐々に低下することが報告されていますが、その期間中、多くの患者さんで凝固因子製剤の投与がほぼ不要となっています。
このように、血友病の遺伝子治療は、患者さんが凝固因子を繰り返し投与する必要がなくなるという点で、極めて画期的な治療法です。私どもは、この治療を国内で開発・実用化することを目指しており、血友病患者さんの生活の質を大きく向上させる可能性を持つ治療であると考えています。
私達は現在、特に血友病Aに対して、より安全で有効な「国産の」遺伝子治療薬を開発できないかという点に注力しています。現在は、患者さんに投与する前段階として、非臨床試験、すなわち安全性を評価する試験を、日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受けながら進めている段階です。この非臨床試験はおおよそ3年程度で完了する予定であり、その後は治験として、実際に患者さんに投与し、効果や安全性を検証する段階に進みたいと考えています。
もう一つの将来の治療として、「ゲノム編集」という治療法があります。ゲノム編集とは、先ほど述べたように、私たちの体の設計図であるDNA、すなわち遺伝子そのものに直接アプローチする治療法です。
遺伝子はA、G、C、Tという4つの文字の組み合わせによって構成されていますが、多くの遺伝性疾患では、このうちのたった1文字が別の文字に置き換わることで病気が発症します。特に血友病Bでは、AがGに、あるいはCがTに置き換わるといった、一文字だけの違いによって発症する例が多く見られます。
すでに欧米では、血友病とは異なる疾患でAとGを正確に書き換えるような、かつては夢のように考えられていた治療が2025年に行われたことが2025年に報告されました。
私達も、直ちに人に適用できる段階にはまだ至っていませんが、血友病患者さんが持つ遺伝子変異、すなわちAからG、あるいはCからTといった変化を正確に書き換えるための技術開発をすでに進めています。将来的には、患者さんの遺伝子変異そのものを修復する、極めて根本的な治療法につながるのではないかと考えています。
ゲノム編集治療に重要になるのが、遺伝子診断の位置づけです。現在、血友病の診断や重症度分類は、血液中の凝固因子活性が40%未満で血友病、1%未満で重症といったように、主に血液検査の結果に基づいて行われています。しかし、将来的にゲノム編集治療を実施することを考えると、患者さんがなぜ血友病を発症しているのか、その原因となる遺伝子変異を明らかにする遺伝子診断の重要性が、国内においても一層高まると考えられます。
その先に私どもが見据えているのは、「パーソナライズド医療」、すなわち個別化医療です。患者さん一人ひとりがどのような遺伝子異常を持ち、それをどのように修復すればよいのかを個別に考えて治療を行うことが、究極の治療の形になるのではないかと考えています。
ただし、ここで強調しておきたい点があります。それは、ゲノム編集治療を行っても、必ずしも血友病の「遺伝」そのものがなくなるわけではないということです。血友病の遺伝は、卵子や精子といった生殖細胞を通じて次世代に伝わります。私どもが目指しているのは、肝臓の細胞に限定したゲノム編集、すなわち患者さんが生まれた後に、肝臓の中でのみ遺伝子変異を修復する治療であり、遺伝そのものを断ち切る治療ではありません。
それでも、遺伝子治療やゲノム編集治療が今後広く利用可能になれば、遺伝性疾患による患者さんやご家族の負担は大きく軽減されると期待されています。ゲノム編集が実際の治療としていつ実現するかを正確に予測することは難しいものの、少なくとも10年以内には、臨床の現場で現実的な選択肢となる可能性が十分にあると考えています。
日本における血友病患者の課題
ー日本における血友病患者の課題としてどのようなものがあると思いますか?
日本では、血友病患者さんがさまざまな医療機関に分散して受診しており、1つの医療機関あたりで診療している患者さんの数が少ないという状況があります。一方、欧米諸国では血友病診療が「センター化」されており、専門施設に多くの患者さんが集約されています。
1つの医療機関で数人の血友病患者さんしか診療していない場合、新しい治療法に関する情報や、実際にそれらにアクセスする機会が得られにくいという問題があります。また、現在受けている治療が本当に自分にとって最適なのかを、専門的な視点から相対的に相談・評価できる場が限られてしまうという課題もあります。
こうした状況を踏まえ、現在では日本血栓止血学会が中心となり、血友病診療を多く担っている医療機関、いわゆるブロック拠点病院や地域中核病院を中心に、血友病患者さんを登録するレジストリーの整備が進められています。さらに、年に1回はこうした専門性の高い医療機関を受診することで、血友病患者さんが最新の治療法にアクセスしやすい医療体制の構築が図られています。
専門医療機関では、血友病患者さんが最も大きな問題として抱えることの多い関節障害についても、関節評価を含めた適切な診療を受けることが可能です。本記事をご覧の方には、日本血栓止血学会のホームページなどを参考に、お住まいの地域の近くにブロック拠点病院や地域中核病院がないかを一度調べていただくことをお勧めします。
ここで強調したいのは、現在かかっている医療機関や担当医を「変更する」ことを意味しているわけではないという点です。日常の診療はこれまで通り現在の主治医のもとで継続しつつ、年に1回程度、専門医療機関を受診するという「連携関係」を築いていただくことが現実的であり、望ましい形だと考えています。このような関係性を持つことは、患者さんご本人にとって最新の治療情報や専門的評価にアクセスしやすくなるだけでなく、現在の担当医にとっても大きなメリットがあります。とくに、出血などの緊急時や治療方針の判断に迷う場面では、専門医療機関との連携があることで、より迅速かつ適切な対応が可能になると考えられます。
私達のAMED(エイズ対策実用化研究事業)研究班では、専用のホームページを開設し、Q&A形式で皆様から寄せられるさまざまなご質問にお答えするコーナーを設けています(https://hemophilia-next.jp)。また、血友病治療に関する最新の情報についても、随時発信しています。ぜひ一度アクセスしていただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。