研究のご紹介
一覧はこちら【血友病の研究紹介】東京医科大学臨床検査医学分野 木内 英 教授
研究者としての経歴
ー木内教授の研究者としての経歴を教えてください。
私は最初から医学部で学んだわけではなく、慶應義塾大学の経済学部を卒業してから海外経済協力基金(現JICA:国際協力機構)で2年半ぐらい働きました。その後退職して千葉大学医学部にあらためて入学し、千葉大学卒業後は慶應大学病院の小児科学教室に入局し、2003年に荻窪病院に移りました。
荻窪病院ではHIVや血友病に関わることになり、2010年からは国立国際医療センター(現:国立健康危機管理研究センター)のエイズ治療・研究開発センターに移って、そこで研究者として育ててもらいました。その後2019年に東京医科大学に移り、今日までお世話になっています。
これまでの血友病に関する研究
ーこれまでの血友病に関する研究について教えてください。
薬害HIV問題、すなわち1980年代に血友病の方が治療によってHIVに感染されたわけですけども、その時の患者さんが高齢化してさまざまな合併症を発症しています。どのような合併症が、どの程度出てきているのか、何が問題なのか、何がリスク因子なのか、などを中心に研究を進めてきました。
東京医科大学に移ってからは、血友病のみならず、さまざまな凝固異常症に関して遺伝子組み換えタンパクの発現を実験するような環境が整っています。また、遺伝子解析ノウハウも充実していますので、全国から凝固異常症の遺伝子解析依頼が来ます。この特徴を生かしてタンパク機能発現実験や、凝固異常症の遺伝子解析などを中心に研究を進めています。
現在行っている最新の研究について
ー現在行っている最新の研究について教えてください
大きく2つありまして、1つは血友病やその他凝固異常症に関する遺伝子解析です。血友病保因者診断に関わる遺伝子解析の特徴・重要性を示した研究や、特に最近ではフォン・ヴィレブランド病という病気の、遺伝子バリアント(遺伝子異常)が病態との関係を他大学と共同研究した結果、遺伝子バリアントを有していても病気になる人が意外に少ないことがわかりました。
もう1つが、エミシズマブという血友病Aに対する新しい皮下注射の薬に関するものです。この薬は第Ⅷ因子に似た働きをする抗体医薬で、非常に便利で効果も高いので急速に普及しているのですが、実はこの薬を使ってしまうと既存の凝固検査がうまくいかなくなってしまうのです。今までは、凝固検査を行うと薬の効果を推測できたのですが、エミシズマブでは推測できません。手術では第Ⅷ因子製剤を追加しなければいけないのに、凝固検査だけではどの程度追加したらよいかわからない。こうした課題に対して、有用な検査を確立する研究を進めています。その結果、合成基質法という検査法を少し工夫して用いるとエミシズマブというのは第Ⅷ因子活性にしてどのぐらいなのか、ということがおよそ推定できるということが分かってきました。
最新の研究に対する今後の展望
ー最新の研究に対する今後の展望についてお聞かせください
エミシズマブについて合成基質法を用いると強さが推定できるとお話しましたが、それはあくまで基礎的な検討にすぎません。実際に人の中で本当に同じことが言えるかどうかはまだよく分かっていません。そこで今は実際に患者さんの中で本当に同じことが証明できるのかどうかということを検討しています。
この研究は大きなインパクトがあります。エミシズマブという薬は週に1回だったら体重あたり1.5mg/kg、2週に1回だったら3mg/kg、月に1回だったら6mg/kgというように投与量が決まっています。しかし実際には血中濃度が個人によってかなり差があるので、効いたり効かなかったりするのですが、今は検査できないから調節の仕方がわかりません。でも我々の検査を用いるとエミシズマブを個人にあわせてテーラーメイドできる可能性が出てきます。もちろん薬は決められた用法用量を守らないと保険償還されませんので注意が必要です。でももし、ある用法用量で患者さんに問題があったとき、検査ができることでより適切な使い方に調節できるとしたら、たいへん便利です。ある患者さんは血中濃度が低いから少し追加しようとか、ある患者さんは注射量が多くて痛がっているから少し減らそうとか。多くの患者さんがよりよい治療を受けられるのではないかと期待しています。
血友病を取り巻く環境の未来
ー血友病を取り巻く環境が今後どのようになっていくのか教えてください
最近では治療が非常に進歩してきています。かつては学校に行けない、職場に行けない、就職ができないという方が非常に多かったわけですけども、治療の進歩と共に最近ではほぼ学校に休まずに行ける、体育を休まなくてよい、仕事を休まずに続けられる、好きな仕事につける、などの基本的なニーズというのが多くの局面で、多くの患者さんで実現されつつあります。
そのような中で患者さんの希望やニーズは、さらに高い方向へ移っています。例えばスポーツを楽しみたい、活発にバリバリ仕事をしたい、将来にわたって健康な関節が欲しい、出血の心配をしたくない、という人が増えました。一方で、より注射の回数を少なくしたい、簡単で手軽に治療を済ませたい人もいます。中には治療とか関節とか病気のことは一切考えたくない人もいます。基本的ニーズが満たされつつある今、いろんな人がいろんなニーズを持っています。
血友病治療薬も、第Ⅷ因子や第Ⅸ因子の凝固因子製剤から、エミシズマブのような皮下注射の製剤、あるいは抗TFPI抗体といったような手軽な皮下注射薬など、多種多様な治療薬が出てきています。患者さんは自分が何を求めているのか、何が自分のニーズに合っているのか、を自分自身で考えていく時代に入ってきていると思います。我々医療者も、これまではとにかく関節などの出血を減らそうとそれだけを目指して診療してきましたが、これからは患者さんが本当は何を望んでいるのか、そのためには何が必要なのか、患者さんと一緒に相談しながら治療を考えていく必要があると考えています。