血友病の根治を目指した新しい治療法と診断法の開発(01)
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日本本医療研究開発機構 エイズ対策実用化研究事業
課題名:HIV関連病態としての血友病の根治を目指した次世代治療法・診断法の創出
研究機関:平成30年〜令和2年度
研究開発の概要
【背景・目的】
血友病は血液凝固第VIII因子(FVIII)または第IX因子(FIX)の遺伝子異常による先天性出血性疾患である。過去に1,400名を超える血友病患者が非加熱濃縮凝固因子製剤によりHIVに感染した。すでに約半数の被害患者の尊い命が奪われ、歴史的な和解から20年を超えた現在も、医療面だけでなく、社会的な差別・偏見に対しても闘病生活を送っている。我が国のHIV対策は血友病患者への薬害に対する恒久的な救済事業として発足した。この事業の一環として、血友病の根治を目指した治療開発やQOL改善を目的とした研究も重要な意味をもつ。現状の血友病診療が直面する課題として、HIV感染の原因ともなった補充療法以外の治療法が選択できないこと、国内における血友病患者の状況を把握できていないこと、保因者を含む診断法が確立していないことが挙げられる。また、研究開発を行う上で、薬害HIV被害の教訓を踏まえ、患者・家族の要望が反映できる研究促進体制を構築することも重要である。我々は、これまでに、血友病遺伝子治療の基盤整備、及び国内初となる血友病の前向きデータベース(J-HIS2)の構築、また、QOL調査研究により患者の潜在的ニーズを抽出してきた。本研究では、これまでの技術やデータベースをさらに発展させ、HIV関連病態としての血友病の根治に繫がる次世代治療法・診断法の創出を目的とした。
【研究開発の成果】
1)血友病に対するゲノム編集技術の開発
我々は過去にCRISPR-Cas9とアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを組み合わせ、血友病Bマウスのゲノム編集に成功した (Ohmori et. al., Sci Rep, 2017)。本研究では、より患者数の多いFVIII異常である血友病Aゲノム編集の技術開発、ならびにゲノム編集ツールの改良によるゲノム編集治療効率の改善を試みた。血友病Aに対してゲノム編集を行うには、FVIII産生細胞にゲノム編集ツールを送達する必要がある。FVIIIは他の凝固因子と異なり内皮細胞から産生されることが示唆されているが、その産生臓器や細胞の特性は明らかでない。FVIII産生細胞を同定するために、FVIIIを欠損するとGFPを発現するマウスを作製した。本マウスを用いて、FVIIIは肝類洞の一部の内皮細胞から産生され、この細胞はCD31、CD146、Lyve1などのリンパ管内皮細胞と同様の性質を有するが、血小板に発現するCLEC-2発現が特徴的であることを明らかにした。複数のAAVベクター血清型を検証し、このFVIII産生細胞に遺伝子を効率的に発現するAAV血清型X, Yを見出した。さらにゲノム編集による治療効果を改善させるために、修復に用いるAAVドナー配列、並びにCas9配列を改良した。この改良により、血友病Bマウスにおいてゲノム編集によるFIX活性の上昇が約7倍増強した。
分担の濡木博士は、過去に種々のCas9の立体構造を明らかにした。さらに立体構造解析に基づき、PAM配列をGのみで認識する新しいレンサ球菌由来Cas9(SpCas9)を報告した。このSpCas9-NGを用いると、重症血友病B患者から樹立したiPS細胞のFIX遺伝子異常近傍のPAM配列の自由度が拡張した。汎用されるSpCas9は4 kbを超えるため、単一のAAVベクターに搭載できない。そこでAAVベクターに搭載可能なPAM配列を拡張した新しい小型のCas9改変体を複数開発した。この小型のCas9改変体とFIX遺伝子を標的とするgRNAを発現するAAVベクターを作製した。改変型Cas9を搭載したAAVベクターを野生型マウスに投与すると複数のPAM配列に対するgRNAでゲノム編集が可能であった。新たな改変体では、個体レベルで種々の変異部位に対する修復が可能であることが示唆された。
2)凝固因子の機能解析と新規FVIII改変体の作製
血友病Bが血友病Aよりも、遺伝子治療臨床試験において効果的な結果が得られている一つの理由として、高活性型である第IX因子Padua変異が用いられていることが挙げられる。血友病Aに対する遺伝子治療やゲノム編集治療への応用を考え、FVIIIの構造・機能を解析し、高機能型のFVIIIの開発を試みた。
FVIIIのトロンビン結合部位を新規に2箇所同定し(X, Y)、X領域のアミノ酸置換によってFVIII活性が野生型よりも亢進した。さらにY領域がvon Willebrand因子と共にトロンビンによる活性化を制御している領域であった。FVIII上のFIX、FXとの結合領域をほぼすべて同定し、FXとの結合部位は立体構造的にFVIIIの直線上に存在していた。インヒビター発症中等症・軽症血友病A患者由来FVIIIの立体構造を予測したところ、遺伝子の変異部位から離れたドメインに立体構造上の変化が生じた。また、外因系だけでなく、内因系凝固因子であるFVIIIによる活性化第VII因子(FVIIa)/組織因子制御軸も凝固初期相に関与することを明らかにした。種々のFVIII変異体を用いた発現実験により、凝固初期相におけるFVIIaによるFVIII活性化には、複数のArg開裂が重要であることが示唆された。
ヒトBドメイン欠失型FVIIIに複数のアミノ酸変異を挿入した人工配列を作製した。HEK293細胞へトランスフェクション後に上清中のFVIII活性が野生型と比較して数倍になることを発見し、さらにアミノ酸変異を変えた複数のコンストラクトを作製した。ヒト肝臓細胞株に発現させた場合、上清の活性値や抗原量が変異型で野生型よりも高いことを見出した。
3)血友病患者の現状を把握するための臨床研究
インヒビター対策研究の一環として行っている、新規診断血友病患者を対象とした我が国独自の前向きコホート研究J-HIS2では、2019年末までに12年間で計417症例(血友病A:340例、血友病B:77例)が登録され、インヒビターは83症例に発症した(血友病A 76例; 22%, 血友病B 7例; 9%)。88%の症例においてインヒビターは25 ED(中央値:12 ED)までに発生した。定期補充療法群にインヒビター発症が有意に低く、頭蓋内出血の合併はインヒビター発生危険度を高めた。J-HIS2の登録症例に加え、既にインヒビター発生が判明している血友病患者における後ろ向きコホート研究J-HIS1の登録症例を合わせて、405症例の遺伝子解析を行った。血友病A患者のF8遺伝子変異の種類は、海外と類似した傾向であった。また、ヌル変異にインヒビターが生じやすく、ミスセンス変異には少なかった。また本研究により40の新規変異を同定した。これらの臨床研究を元に、各関節(肩・膝・腰・膝・足関節)の可動状況についての評価、歩行時の運動機能評価、QOLアンケート調査を加えて、今後の血友病治療に必要な新規アウトカム評価システムを構築する新たな臨床研究『次世代血友病治療を目指した多面的アウトカムの評価解析に関する研究』(J-HOS)の研究基盤体制を整備した。単施設研究の結果を踏まえて、評価項目を厳選し、血友病診療基幹病院を中心に、多施設共同研究を実施するための倫理審査が進行している。
4)血友病に対する血液学的・遺伝子学的診断法の確立
確実な血友病診断法の確立のために、血液凝固検査と遺伝子解析を検討した。血液凝固検査では、複数のAPTT試薬から、軽症血友病A判定基準であるFVIII活性40%付近において、診断に最も適切なAPTT試薬を同定した。遺伝子検査に関しては、血友病の遺伝子検査のインフォームドコンセントから結果説明に至るまでの検査手順と、臨床表現型に基づく遺伝子解析手順を確立した。この遺伝子解析法を用いて病因遺伝子変異を同定した血友病74家系の女性家族122名を対象に、遺伝子検査による保因者診断と血液凝固検査を実施した。遺伝子変異が検出された血友病A保因者において、血液検査から得られる凝固因子活性レベルから保因者と診断することは困難だった。さらに家族歴が明らかでない血友病患者の母親を対象とした遺伝子解析を行い、多くの母親に遺伝子変異を検出した。母親の生殖細胞内で発生したde novo変異と考えられた割合はわずかであった。
5)患者・家族への情報発信・情報共有
本研究の概要や研究成果を配信するウェブサイト「みんなで考える血友病診療ネット」(https://hemophilia-next.jp/)を開設した。これまでの研究期間におけるページビュー数は約20,000回、ユーザー数は累計5,000人超となった。情報強化によるWebからの遺伝に関する相談は適宜、血友病医療機関、遺伝カウンセラー、患者会などにつなぐなど、患者・家族からの相談の入り口としての機能を果たしている。さらに、当該研究班の成果を報告する市民公開講座「みんなで考える未来の血友病診療」を年度毎に開催した。2018年度は86名、2019年は会場90名の参加に加え、Web配信で122名の視聴があった。2020年度は、コロナウイルス感染予防のため、オンデマンド形式とし、期間を拡げWeb配信する。このようなアウトリーチ活動を拡大することで、これまで行き届かなかった患者層への支援拡大につながることが期待される。
業績
[1]大森 司、濡木 理:俯瞰ワークショップ報告書「次世代医薬・基盤技術の動向と展望、推進すべき研究開発戦略」、国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター、創薬プロセスの革新(ゲノム編集等)、2019年3月
[2] T.Ohmori, Advances in gene therapy for hemophilia: basis, current status, and future perspectives. Int J Hematol, 111, 31-41, 2020
[3] U.M.Reiss, L.Zhang, T.Ohmori, Hemophilia gene therapy – New country initiatives. Haemophilia (in press)
[4] K.Shinozawa, K.Yada, T.Kojima, K.Nogami, M.Taki, K.Fukutake, A.Yoshioka, A.Shirahata, M.Shima, and study group on JAPAN HEMOPHILIA INHIBITOR STUDY (J-HIS), Spectrum of F8 genotype and genetic impact on inhibitor development in patients with hemophilia A from multicenter cohort studies (J-HIS) in Japan, Thromb Haemost. 2020 (in press)
[5] M.Hayakawa, A.Sakata, N.Fukushima, S.Nishimura, Y.Sakata, T.Ohmori, Identification and characterization of murine FVIII- producing Cells in vivo, Res Pract Thromb Haemost, 3(Suppl. 1), 38, 2019
[6] T.Hiramoto, M.Hayakawa, N.Kamoshita, Y Kashiwakura, H.Nishimasu, O.Nureki, T.Ohmori, Increase in the treatment efficacy of genome editing for hemophilia B by codon-optimization of SaCas9 in Mice, Res Pract Thromb Haemost, 4(Suppl. 1), 551, 2020
[7] T.Ohmori, H.Mizukami, S.-I.Muramatsu, S.Hishikawa, H.Nakamura, Y.Katakai, K.Ozawa, Y.Sakata, Adeno-associated virus vector based on Serotype 3 represents an alternative serotype for hemophilia gene therapy, Res Pract Thromb Haemost, 3(Suppl. 1), 106, 2019
[8] T.Hiramoto, Y.Kashiwakura, T.Abe, N.Kamoshita, M.Hayakawa, H.Inaba, T. Togashi,H. Nishimasu, Y.Hanazono, O.Nureki, T.Ohmori, Correction of human hemophilia B gene in iPSCs by base-editing approach based on engineered Cas9 with broad PAM flexibility, Res Pract Thromb Haemost, 4(Suppl. 1), 578, 2020
[9] エンジニアリングされたBlCas9ヌクレアーゼ;発明者:中根俊博、西増弘志、濡木理、出願番号:特願2018-074118、18-0094-001、出願日:2019年4月8日
[10] Y.Nakajima, K.Nogami, H.Minami, K.Sasai, M.Shima, Residues 1680-1684 in the A3 Domain of Factor VIII Contain a Novel Thrombin-interactive site responsible for proteolytic cleavage at Arg1689. Blood, 134 (Suppl.1), 1107, 2019
[11] S.Furukawa, K.Nogami, K.Ogiwara, M.Shima, Potential role of activated factor VIII (FVIIIa) in FVIIa/tissue factor-dependent FXa generation in initiation phase of blood coagulation, Int J Hematol, 109, 390-401, 2019
[12] Y.Nakajima, K.Yada, K.Nogami, M.Shima, A novel mechanism of factor VIIa/tissue factor(TF)-catalyzed activation and inactivation of B-domain deleted factor VIII in the early initiation phases of coagulation, Blood 2018, 132 (Suppl.1), 1162, 2018.
[13] K.Shinozawa, K.Yada, T.Kojima, K.Nogami, K. Amano, M.Taki, M.Shima, Relationship between F8 gene mutations and inhibitor developments in hemophilia A patients as a result of Japan hemophilia Inhibitor study (J-HIS), Res Pract Thromb Haemost, 3(Suppl. 1), 255, 2019
[14] Y.Furuichi, K.Nogami, k.Yada, S.Nezu, K.Obayashi,K.Saeki, N.Kurumatani, M.Nakajima, S.Kinoshita, M.Shima, Assessment of self-/parent-reported quality of life in Japanese children with haemophilia using the Japanese version of KIDSCREEN-52, Haemophilia, 26: 243-250. 2020
[15] K.Shinozawa, K.Amano, M.Bingo, Y.Chikasawa, T.Hagiwara, H. Inaba, K.Fukutake, Genetic evaluation of sporadic hemophilia through carrier diagnosis in Japan, Haemphilia, 24(Suppl. 5), 457, 2018
[16] H.Wada, H.Katayama, K.Ohishi, N.Katayama, T. Matsumoto, An evaluation of hemostatic abnormalities in patients with hemophilia according to the activated partial thromboplastin time waveform. Hemophilia 24(Suppl. 5), 12, 2018
[17] H.Wada, K Shiraki, T.Matsumoto, K.Ohishi, H.Shimpo, Y.Sakano, H.Nishii, M.Shimaoka, The evaluation of APTT reagents in reference plasma, recombinant FVIII products; Kovaltry® and Jivi® using CWA, including sTF/FIX assay. Clin Appl Thromb Hemost. 2020 (in press)