血友病とは?
一覧はこちらとある保因者の話(続き)
小学校の高学年になる頃には、私は弟の通院について行かなくなっていた。
「留守番しててね」
そう言われると、少しホッとした。
正直、病院は退屈だったし、友達と遊ぶほうがずっと大事だった。
弟は相変わらず定期的に病院へ通っていた。
いつからだっただろう。家で母が弟に注射をするようになっていた。
「やだーーー!!」
弟の叫び声が部屋に響く。
「すぐ終わるから!」
母も必死だった。
私はリビングでテレビを見ながら、「またやってるな」くらいにしか思っていなかった。
母は看護師でもないのに、どうして注射なんてできるんだろう。
そのくらいの不思議さはあったけれど、深く聞いたことはなかった。
弟は体育を見学することも多かったけれど、普通に学校へ通っていたし、友達とも遊んでいた。
だから私の中で、“血友病”は少しずつ特別なものではなくなっていった。
もちろん、大変な病気なんだろうとは思っていた。
でも、それは“弟のこと”だった。
私は私で、塾や部活や友達との時間で忙しくなっていった。
弟と遊ぶことも減り、喧嘩もしなくなった。
母は相変わらず忙しそうだった。
通院。
薬。
注射。
学校とのやり取り。
でも私は、そこにあまり踏み込もうとはしなかった。
踏み込んだところで、自分には関係ないと思っていたから。
高校生になったある日、母に言われた。
「今日、一緒に病院行かない?」
久しぶりだった。
特に予定もなかったし、「別にいいよ」と軽い気持ちでついて行った。
私は、弟の診察が終わるまで病院のカフェでジュースでも飲みながら待っているつもりだった。
けれど、診察室の前で母に呼ばれた。
「今日は一緒に入って」
「え?なんで?」
「大事な話だから」
その時点で、少し嫌な予感がした。
診察室には、いつもの主治医の先生がいた。
先生はまず、弟の体調の話をした。
最近の出血のこと。薬のこと。学校生活のこと。
私はぼんやり聞いていた。
すると突然、話題が変わった。
「今日は、お姉さんにも知っておいてほしい話があります」
先生は静かな口調で言った。
そこから、“遺伝”という言葉が出てきた。
そして、“保因者”。
私は意味がよくわからなかった。
「血友病は遺伝する病気で――」
「女性の場合は父が血友病だと保因者で兄弟だと保因者になることがあって――」
「将来的に――」
先生は丁寧に説明してくれていたと思う。
でも、頭に入ってこなかった。
え?
待って。
なんで私の話になるの?
病気なのは弟でしょ?
私は普通に生活してるし、ケガをしても血が止まらないことなんてない。
体育も部活も普通にやってきた。
健康診断だって引っかかったことなんてない。
なのに、なんで。
母は静かに話を聞いていた。
たぶん、この話をずっと私にどう伝えるか悩んでいたんだと思う。
私は何も言えなかった。
診察室を出てからも、現実感がなかった。
病院の廊下を歩く音だけが妙に響いて聞こえる。
帰り道、電車の窓に映る自分の顔をぼんやり見ていた。
私は健康だと思っていた。
“普通”だと思っていた。
でも、もしかしたら私は、自分が知らなかっただけなのかもしれない。
頭がずっと、ぼーっとしていた。