血友病とは?

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とある保因者の話(前編)

弟が生まれるまで、私は父と母を独り占めしていた。

4歳の私にとって、それは世界のすべてだったと思う。
休日には父が肩車をしてくれて、母は絵本を読んでくれた。
夜になれば、三人で川の字になって眠る。そんな毎日が、ずっと続くものだと思っていた。

だから「赤ちゃんができたのよ」と母に言われた時も、最初はよくわからなかった。

でも、弟の健太を初めて抱っこした日のことは覚えている。
ふにゃふにゃで、温かくて、なんだかお人形みたいだった。

「お姉ちゃんだよ」

そう言うと、健太は小さな手を動かした。
私は少し誇らしい気持ちになったのを覚えている。

けれど、その気持ちは長く続かなかった。

健太が生まれてから、父と母の視線は半分――いや、それ以上に健太へ向いている気がした。

泣けばすぐ抱き上げる。
熱が出れば夜中でも飛び起きる。
私は「ちょっと待ってね」と言われることが増えた。

まだ幼かった私は、それが寂しかった。

もちろん、健太が嫌いだったわけじゃない。
でも、なんとなく面白くなかったのだ。

そして、健太が一歳になる頃から、家の空気が変わった。

母の表情が暗くなった。

前まではよく笑っていたのに、いつも何かを心配している顔をしていた。
父と小声で話すことも増えた。

「また病院だからね」

そう言われて、私は何度も健太の通院についていった。

大きな病院だった。
消毒液の匂い。白い壁。静かな廊下。

私は退屈で仕方がなかった。

待合室で絵本を読んだり、飽きたら窓の外を眺めたり。
時計の針がぜんぜん進まない。

今みたいにスマホがあればよかったのに、と大人になった今では思う。

家の中も変わっていった。

机の角には白いクッション材。
棚の角もぐるぐる巻きにされていた。

まるで家全体が、健太を守るための鎧みたいだった。

「健太には気をつけてね」

母は何度もそう言った。

走らせないで。
転ばせないで。
強く押さないで。

私はその言葉が嫌だった。

だって、健太は普通に笑っているし、普通に歩いている。
どこがそんなに特別なんだろうと思っていた。

ある日の夕方だった。

おもちゃの取り合いで健太と喧嘩になった。

本当に、よくあるきょうだい喧嘩だったと思う。
健太がしつこく泣くので、私はイライラして、思わず突き飛ばした。

健太は尻もちをついて、さらに大声で泣いた。

その瞬間だった。

「……え?」

健太の足が、みるみる腫れていった。

本当に、目の前で膨らんでいくみたいだった。

母の顔色が変わった。

「すぐ病院行くよ!」

震える声だった。

父に電話をかけながら、母は慌てて支度をしていた。
健太は泣き続けている。

私は、その場から動けなかった。

怖かった。
自分が何をしたのかわからなかった。

ただ、「普通じゃないこと」が起きているのだけはわかった。

病院へ向かう母の背中を見ながら、私は初めて健太の病気を“目で見た”。

そして、自分がしたことの重大さと、 『血友病』という言葉を知った。